2015年02月11日

自己紹介


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関西生まれの中年男子です。

現在、兵庫県 伊丹市に、住んでおります。

2014年、NHK・人気大河ドラマ「軍師官兵衛」が放映されましたが、

主人公黒田官兵衛が、一時、「有岡城」の牢獄に幽閉されました。

実は、「有岡城」の在る場所が、伊丹市なんですよ。



お城.jpg



(この写真は「有岡城」じゃありません。  こんなのだといいなあ!!!
と望んでいる願望写真です。)(笑)


「有岡城」は、私の自宅から、徒歩15分ぐらいの所にあります。

いまでは、わずかな城跡だけになっていますが。(苦笑)

(2018年現在、ドラマは終了しています)




さて、ここで、私自信の簡単な自己紹介をさせていただきたいと、
思います。



<自己紹介>


まず概略です。

学歴 = 高卒後、一度就職。  
1年後、カメラマンを目指しし、大学へ。
報道畑のフリーカメラマンとして、旅行関係の出版社に勤務。   


その後思いがけず、長期闘病を経験。
約10年を経て、社会復帰。 

一方、地域で写真グループを作り、「写真相談」を受けることが、多くなりました。

「健康相談」も受けるようになりました。

趣味 = 写真鑑賞、読書(雑読)、ヨガ、瞑想。
     サスペンスドラマは毎日観てます!(笑)



<もう少し、詳しく



@ (中学、高校時代)


中学、高校を通して、体操の虫と言われるほど、体操クラブに熱中しました。
でも、手首の故障で、3年夏の国体(8位)が終った後、
やめざるを得ませんでした。(悔しかったですね)

クラブ仲間の一人は、(高校は別ですが)日本一に輝きました。
のちに、同窓会で会った時、警察官になっていたのには、
意外でした。   
体操のコーチとか先生とかを想像していたのですが。

  

A(証券会社ー大学ーカメラマンー闘病)

高校卒業後、大阪の証券会社に就職。  総務部に配属。

初めて出社した時、大阪証券街のドでかいビルを見上げて、
「一生このビルの中で仕事をするのかな・・・・・」
と思うと、ちょっと複雑な気がしたものでした。



その後、半年ぐらい経った頃でしょうか、衝撃的な出会いがありました。

その人は、動物カメラマンだったのです。


朝日新聞の日曜版に、一人のカメラマンの生きざまとエッセイが、
大きく取り上げられていました。


カメカラス.png

(のんびり小舟をこぐカメラマン)


北海道の山中で、たった一人で、自然を撮りまわる奔放な姿が、私には、実に新鮮でした。

こんな世界を知らなかった私には、ほんとに、カルチャーショックでした。


この時、私は、写真一筋に生きる、このカメラマンの生き方に、
随分、引き込まれました。


「自分もこのような生き方がしてみたい!」
「精一杯、好きな道に打ち込んでみたい!」


電撃のようなショックが走りました。


以来、そのカメラマンの生き方を調べているうちに、
とうとう、私も、写真を学んでみたいと、
思うようになってしまったのです。


その思いは、カメラマンになりたいと、思うまでに
エスカレートしてしまいました。


そんなわけで、結局、私は、1年で、会社を辞め、
上京して、大学に入りました。


しかし、写真関係の学校に入りさえすれば、プロの
カメラマンに、簡単になれるものと思い込んでいた、
わたしの考えは、みごとにハズレマシタ!

写真について、全くなにも知らないズブの素人には、
分からないことばかり。

ところが、他の生徒は、写真のイロハぐらいは、こころえた学生ばかりで、
ずいぶん「居心地」の悪い思いをしました。

「これは、失敗だったなあ!」

そう感じた私は、それからは、アルバイトをしながら、
大学在籍のまま、独学を始めました。


授業に出ずに図書館を利用して写真関係の本を読み漁りました。

さらに、カメラの操作・訓練に没頭し、
写真コンテストに応募を続けました。

それが、功を奏したのか、私は、その9か月後、つまり、学校入学後1年目、
フリーの報道カメラマンとして、
中堅の出版社に入社することが出来ました。(ニコニコ)


以来10数年、取材のために、全国各地を飛び回りました。


ホントに、充実した生きがいのある生活を満喫できました。



ところが、職業柄、不規則な生活がたたったのか、
体調をくずしてしまい、 香港 での[覚せい剤」の取材を最後に、
残念ながら、退職せざるを得なくなりました。



この時、まさか、このあと、長い闘病が、待っていようとは・・・・?
当時の私には夢にも考えられなかったことです。





B(闘病ー社会復帰)


胃炎を煩ったのを機に、「肝炎」「腎炎」「心臓」など、次々にヤマイにおかされ、
一時、死線をさまようこともありました

それからは、良いと聞いた療法を漁って、全国行脚することになったのでした。
この間に、ヨガも経験し、「小食多動」 の素晴らしさを知りました。


その体験を基にした作品が、出版社主催の「フォト・ノンフィクション賞=100万」
を受賞できたことは、ホントに幸運でした。(喜・ニコニコ)

(この賞は、数枚の写真と貴重な体験をノンフィクションとして、まとめた作品に与えられるものです)



ところで、いろんな「療法」を渡り歩いているうちに、
「青汁だけで生活する人」 を知ったり、
「一日一食」 だけで、生きている人などを知った時には、
ホントにビックリ仰天でしたね。

さすがに、人の体の「神秘」を深く考え込まされました。

ともあれ、こんなふうで、やっこらさっと、辛うじて社会復帰できたというわけです

40歳になろうとしていました。

現在、自営業の傍ら、地域で写真仲間と共に
小さな「写真グループ」を造りました。

「写真相談」 に関する軽いアドバイスなども、
させていただいたりしております。


また、闘病の経験をもとに、「健康相談」を受けたりも
するように、なりました。


実は、このブログも、そんな状況のなかから、立ち上げたものです。

人は、ただ単に、生きて、朽ちて、いくには忍びません

やはり、元気で精一杯人生を生きたいじゃないですか!

とまあ、そんなわけで、

なんらかの形で、このブログが、すこしでも、

あなたのお役に立てれば、 ほんとに、嬉しく思います。


( もし、お聞きになりたいようなことが、ありましたら、どんなささいなことでも、
お気軽にメールを下されば、真摯にご返事さしあげます)


メールアドレス =  0hidebou@gmail.com
ファックス = 072−778−1269(本名=横川秀記)
住所 = 兵庫県伊丹市。
         


posted by 太助 at 20:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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